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神戸地方裁判所 昭和56年(行ウ)45号 判決

原告 久保田喜俊 ほか二名

被告 西宮税務署長

代理人 布村重成 久徳繁雄 奥田喜代志 中村正幸 ほか三名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  訴外亡久保田民蔵の昭和五四年分所得税について、被告が昭和五五年九月八日にした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件処分の経緯等

(一) 訴外亡久保田民蔵(以下「民蔵」という。)は、同人において耕作していた田(地主は訴外中島直行)の離作補償として、昭和四九年七月二七日、西宮市下大市西町九二番二田三六九平方メートルの所有権を中島直行から取得した。右取得は、農地所有権の取得であるから本来農地法三条の許可申請手続が必要であつたが、民蔵は同条の定める資格要件(三反以上の農地を保有していること)を具備していなかつたため、実際には農地の所有権を取得し耕作を継続する目的であつたが、手続上は真実に反し無蓋駐車場に転用するものとして農地法五条一項三号の転用許可申請をし(このような手続を取つてもよいことは税務上認められている。)、同届出は昭和四九年八月二六日受理された。

その後、民蔵は、昭和五四年五月二一日、右により取得した農地の一部を訴外日向建設株式会社(以下「日向建設」という。)に売却する旨の売買契約(売買目的は農地を宅地の用に供すること)を締結し、同年七月一七日、右九二番二の農地から右売却土地である九二番五田七三平方メートル、九二番六田九四平方メートル(以上二筆を合わせて「本件土地」という。)を分筆し、さらに同月二〇日、本件土地の地目を田から雑種地に変更したうえ、本件土地の実測面積が一六八・〇七平方メートルと確定したので、同年八月六日、日向建設との間で売買代金総額三四〇六万二八〇〇円とする旨の合意をし、即日、本件売買代金三四〇六万二八〇〇円から手付金四〇〇万円を差引いた三〇〇六万二八〇〇円を受領し、翌七日、本件土地の所有権移転登記の手続を終えたものである。

(二) 本件土地の譲渡所得について、民蔵のした確定申告、これに対する被告の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分、民蔵の異議申立てに対する被告の異議決定並びに国税不服審判所長がした審査裁決は、別表1のとおりである。

(三) ところで、民蔵は、昭和五五年一一月七日、国税不服審判所長に対し審査請求の申立てをしたのちの昭和五六年四月二七日死亡したため、同人の相続人である原告らが民蔵の地位をそれぞれ承継したものである。

2  本件処分の違法性

(一)(1) 特定市街化区域農地の固定資産税の課税の適正化に伴う宅地化促進臨時措置法(昭和四八年法律第一〇二号、昭和五七年法律第一〇号による改正前のもの、以下「宅地化促進臨時措置法」という)二条において、この法律における「特定市街化区域農地」とは地方税法附則一九条の三第一項の表に掲げる市街化区域農地で……近畿圏整備法二条三項に規定する既成都市区域若しくは同条四項に規定する近郊整備区域内に所在するものをいうとされており、地方税法附則一九条の二第一項にいう市街化区域農地とはその意義を異にしている。

そして、宅地化促進臨時措置法八条一項は、「特定市街化区域農地を有する個人が、当該特定市街化区域農地を宅地の用に供するために譲渡した場合においては、租税特別措置法で定めるところにより、その譲渡にかかる所得税法三三条一項に規定する譲渡所得についての所得税を軽減する」と規定(同租税特別措置法は昭和三二年法律第二六号、昭和五五年法律第九号による改正前のもの、以下「措置法」という)しており、右の「租税特別措置法で定めるところにより」とは措置法三一条の三第一項の軽減税率のみが適用されるのである(措置法は地方税法の特別法の関係にある)。従つて、本件土地譲渡についても、農地法五条一項三号の届出を要する場合には、当該届出がなされた後に行つたものにかぎるという措置法三一条の二(公布当時、以下同様)の部分の適用はない。

以上のとおり、本件譲渡所得は、宅地化促進臨時措置法八条一項に規定する要件さえ充足すれば、措置法三一条の三第一項の譲渡所得に関する所得税の軽減がなされるのである。

(2) ところで、宅地化促進臨時措置法八条一項にいう「特定市街化区域農地」とは、近畿圏整備法二条に規定する区域内に所在し、単に地方税法附則一九条の三第一項の表に掲げる市街化区域農地をいうものと解すべきところ、本件土地は西宮市内にあることから特定市街化区域内に所在することは明らかであり、また、本件土地は、民蔵が雑作補償として所有権取得後日向建設に売り渡すにつき地目変更するまでの間、同人において現実に水田として耕作していたもので、農地であることは明らかである。特に、同人が、右土地を取得するに際し、所得税法五八条の特例(固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例で地目が同一であることが条件とされている)の適用を受けており、被告自らも本件土地を農地と認めたものにほかならない。

(3) してみると、本件土地の譲渡所得の課税については、宅地化促進臨時措置法八条に規定する要件に該当するので、措置法三一条の三第一項の軽減税率のみが適用されなければならないのにかかわらず、右規定の解釈適用を誤つて行つた本件更正処分は違法である。

(二) 仮に、本件土地の譲渡につき、宅地化促進臨時措置法八条の適用がないとしても、措置法三一条の三第一項に規定する「特定市街化区域地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例」(以下「本件特例」という。)が適用される場合であるのに、右特例の適用を認めなかつた本件更正処分は違法である。

(1) 本件土地が、特定市街化区域内に所在し、農地であることは、前述のとおりである。

特に、民蔵が日向建設に本件土地を譲渡した日は、以下のとおり、昭和五四年五月二一日と解すべきであり、当時、本件土地の現況は田であつたのであるから、当然農地ということになる。

つまり、所得税基本通達(昭和四五年七月一日付直審(所)三〇)三六―一二によれば、契約成立時に申告があれば、その日を譲渡の日と認めており、本件の場合、民蔵は、昭和五四年五月二一日に日向建設と売買代金は後日清算するという約定の下に本件土地の売買契約をし、同日に譲渡があつたものとして申告しているのであるから、同日をもつて、本件土地の譲渡日と解するのが相当である。

(2) 本来、措置法三一条の三第一項の適用を受けるためには農地法五条一項三号の届出が必要であるが、本件土地の譲渡については同届出は必要でない。

すなわち、同措置法三一条の三第一項の「農地法五条一項三号の届出を要する場合」とは、当該農地が過去に一度も農地法五条一項三号の届出をしていない場合を指すものであつて、過去に同届出をした農地の場合にはこの手続は全く不要なものと解すべきである。

本件においては、前述のとおり、民蔵が中島直行から本件土地を含む農地の所得権を取得するに際し、兵庫県知事に対し、農地法五条一項三号の許可申請をし、昭和四九年八月二六日、同届出は受理された経緯があるのであるから、措置法三一条の三第一項の「農地法五条一項三号の届出を要する場合」には該当しない。

(3) してみると、本件土地の譲渡所得につき、本件特例が適用されるべき場合であるのに、本件特例の解釈適用を誤つて行つた本件更正処分は違法である。

(三) 被告は、本件土地の売買に要した譲渡費用を一八万五〇〇円としているが、本件譲渡費用は三四万五〇〇円であるから、この点においても、本件更正処分は違法である。

(四) 以上のとおり、本件更正処分は違法であるから、これにともない過少申告加算税の賦課決定処分も違法である。

3  よつて、原告らは、本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する原告らの認否

1(1)  請求原因第1項(一)の事実のうち、民蔵が中島直行から九二番二の土地(三六九平方メートル)の所有権を取得したのは昭和四九年九月二〇日であり、右所有権取得に際し、民蔵は農地の所有権取得目的を有しながら手続上は真実に反し無蓋駐車場にするものとして農地法五条一項三号の転用申請をしたこと及び右のような手続が税務上認められていることは否認し、その余は認める。

(2)  同項(二)(三)の各事実は認める。

2(1)  請求原因第2項(一)の冒頭の主張は争う。同項(一)(3)の事実のうち、民蔵が本件土地を取得したのち日向建設に売却するまでの間本件土地を水田として耕作していたこと及び同人が本件土地を取得するに際し、所得税法五八条の特例の適用を受けたことは認める。

(2)  同項(二)の冒頭の主張は争う。同項(二)(1)の事実のうち、民蔵が本件土地を日向建設に譲渡した日は昭和五四年八月六日であり、これが昭和五四年五月二一日であるとの原告の主張は否認する。同項(二)(2)のうち、民蔵が本件土地を含む農地の所有権を取得するにつき兵庫県知事に対し農地法五条一項三号の許可申請をしたこと及び右申請が昭和四九年八月二六日受理されたことは認め、その余の主張は争う。

(3)  同項(三)(四)の主張はいずれも争う。

3  請求原因第3項は争う。

三  被告の主張

1  本件土地譲渡に至る経緯等

民蔵は、昭和二七年一二月三一日以前から同人において耕作していた田の離作補償として、昭和四九年九月二〇日、西宮市下大市西町九二番二田三六九平方メートルの所有権を地主である中島直行から取得した。右取得に先立ち、民蔵及び中島直行は、昭和四九年七月二七日、兵庫県知事に対し、農地法五条一項三号、同法施行規則六条の二の規定に基づき、右土地の転用のための権利移動届出書(転用造成期間は昭和四九年九月二〇日から三〇日間、転用目的は無蓋駐車場と記載している。)を提出し、同届出は昭和四九年八月二六日受理された。

また、民蔵は、右土地(農地)の取得につき、右耕作権との交換に当るものとして、所得税法五八条に規定する固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例の適用を受けた。

その後、民蔵は、取得した右九二番二の農地を右転用造成期間までに転用しないで農地として耕作していたが、右土地のうち一八一・八一平方メートルを三六八五万円で日向建設に売り渡す旨の昭和五四年五月二一日付で売買契約を締結し、同日手付金四〇〇万円を受領した。右売買契約において、本件物件の所有権は代金支払の時に売主から買主に移転すること、売買面積は買主の希望により多少変更することができ、売主は取引期日までに実測の分筆をなし引渡しを行うことなどが定められていた。そのため、民蔵は、昭和五四年七月一七日、右九二番二の農地から本件土地を分筆し、さらに同月二〇日、本件土地の地目を田から雑種地に変更したうえ、その実測面積が一六八・〇七平方メートルとなつたので、同年八月六日、買主との間で売買代金総額を三四〇六万二八〇〇円とする旨の合意をし、同日、売買代金三四〇六万二八〇〇円から手付金四〇〇万円を差引いた三〇〇六万二八〇〇円を受領し、本件土地を日向建設に引渡した。そして、翌七日、所有権移転登記手続を終えた。

2  譲渡費用

本件土地の売買に要した費用は次のとおりである。

項目

支払先

金額

収入印紙

一万円

土地実測・分筆地目変更登記手数料

谷口誠二

一六万二五〇〇円

所有権移転登記手数料

森川路夫

八〇〇〇円

一八万〇五〇〇円

3  譲渡所得金額の計算

民蔵の昭和五四年分分離長期譲渡所得金額の計算は、別表2の「更正処分」欄記載のとおりである(原処分の額と同じ)。

4  課税所得金額及び税額

昭和五四年に民蔵には本件土地の譲渡による所得以外の所得がなかつたので、民蔵の昭和五四年分の課税される所得金額及び税額は、別表1の「更正・賦課決定」欄のうち(1)ないし(5)のとおりである(原処分の額と同じ。)。

5  本件更正処分等の適法性

(一) 措置法三一条の三第一項の本件特例の趣旨及び要件内容は次のとおりである。

(1) 特定市街化区域農地等の譲渡の特例制度は、昭和四八年九月二八日に公布された宅地化促進臨時措置法の附則により措置法の一部が改正されて創設され、その後若干の改正を経て現在まで継続されているものである。

同法公布前、すなわち昭和四六年度、同四七年度及び同四八年度の地方税法の改正では、近傍宅地との間の固定資産税負担の不均衡が特に著しく、宅地需要が特に多い首都圏、近畿圏及び中部圏の都市の市街化区域農地を対象として、固定資産税の課税の適正化が図られたのであるが、宅地化促進臨時措置法では、このような固定資産税の課税の適正化とあわせて、適正化の対象となる市街化区域農地の宅地化を促進するため、土地区画整理事業の施行、住宅建設資金に関する助成、税負担の軽減等について所要の措置を定めたものである。

つまり、特定市街化区域農地等の譲渡の特例は、固定資産税の課税の適正化にあわせて、当時緊急の課題となつていた首都圏等三大都市圏における土地対策の一環として、市街化区域農地の宅地化の促進、いいかえれば、農家が特定市街化区域農地を宅地化するため手放し易くすることを目的として設けられたものである。

(2) 次に、昭和五四年分の分離長期譲渡所得について適用される本件特例の適用要件についてみるに、措置法三一条の三第一項によれば、個人が、その所有する土地等で昭和四四年一月一日前に取得したものの譲渡をした場合には、〈1〉当該譲渡が特定市街化区域農地等の譲渡であること、〈2〉当該特定市街化区域農地等を宅地の用その他の政令で定める用途に供するためであること、〈3〉当該譲渡につき農地法五条一項三号の届出を要する場合には当該届出がされた後に行つたものであること、の三つの要件を充足するときには、本件特例が適用され当該譲渡による譲渡所得に係る昭和五四年分の所得税の額は、次の税率により計算した金額と規定している。

(ア) 課税分離長期譲渡所得金額が四〇〇〇万円以下の場合適用する税率 一五パーセント

(イ) 課税分離長期譲渡所得金額が四〇〇〇万円を超える場合四〇〇〇万円以下の部分に適用する税率                            一五パーセント

四〇〇〇万円を超える部分に適用する税率                 二〇パーセント

(二) 本件土地は民蔵の農地法五条一項三号の届出により既に非農地化されており、本件特例所定の「特定市街化区域農地等」に該当しないので、本件特例の適用の余地はない。

(1) 「特定市街化区域農地等」の定義は、措置法三一条の三第二項において規定され、宅地化促進臨時措置法二条に規定する特定市街化区域農地及び当該特定市街化区域農地の上に存する権利をいうものとされている。

そして、宅地化促進臨時措置法二条においては、「特定市街化区域農地」とは、地方税法附則一九条の三第一項の表に掲げる市街化区域農地で、近畿圏整備法二条一項に規定する近畿圏内にある地方自治法二五二条の一九第一項の市の区域等の内に所在する土地とされている。

(2) 右地方税法附則一九条の三第一項の表では「市街化区域農地」を一(「A農地」と実務上慣用している。)及び二(「B農地」と実務上慣用している。)に区分しているが、同条でいう「市街化区域農地」とは同附則一九条の二第一項において「農地のうち都市計画法七条一項に規定する市街化区域の農地」をいうものとしている。

さらに、同附則一七条において「土地に対して課する昭和五四年度から昭和五六年度までの各年度分の固定資産税及び都市計画税の特例に関する用語の意義」として一七条から三〇条までの用語の定義規定をおいており、同条一号においては、「農地」とは「田又は畑をいう。」ものとしているが、そのただし書において、「田若しくは畑のうち田及び畑以外のものにすることについて(農地法)五条一項の許可を受けることを要しないもので政令で定めるものを除く。」こととしているのである。

また、地方税法施行令(昭和二五年政令二四五号)附則一三条本文では「法附則一七条一号ただし書に規定する政令で定める田又は畑は、次に掲げる田又は畑とする。」とし、次に掲げるものとして一号から三号までを掲げているが、その二号には「都市計画法七条一項の市街化区域内にある田又は畑で農地法五条一項三号の届出がなされたもの」を掲げている。

そこで農地法五条一項三号の届出がされた農地は、地方税法附則一七条から三〇条までにおいては「農地」に該当しないこととなり、ひいては同法附則一九条の二及び一九条の三においても「市街化区域農地」に該当しないこととなるのである。

(3) 要するに、農地法五条一項三号の届出がされた農地は現況が農地かどうかを問わず結局措置法三一条の三第二項にいう「特定市街化区域農地」には該当せず、本件特例の適用はないこととなる。

(4) これを本件についてみるに、民蔵は本件土地を含む西宮市下大市西町九二番二の土地の取得について農地法五条一項三号の届出をし(届出受理日は昭和四九年八月二六日)、右届出に基づいて右土地を取得したのであるから、本件土地の譲渡にかかる譲渡所得については、本件特例の適用の余地はないこととなる。

(5) なお、民蔵は本件土地を農地として耕作する目的で取得したが、農地法三条の資格要件を具備しなかつたので、やむをえず同三条の許可申請に代え実質は同申請の意図の下に同法五条一項三号の許可申請をしこれが受理されたのであるから、同法五条一項三号の許可申請はむしろ同法三条の許可申請に代るもの(実質は同法三条の許可申請)として扱うべき旨主張するが、かかる取扱は、同法五条一項三号の届出の有無については課税技術上客観的に解されるべきであるから、とうてい是認できない。

(三) 仮に、本件土地が農地であるかどうかは原告ら主張のように農地法五条一項三号の届出の有無によらず現況によつて決すべきであるとしても、民蔵が日向建設に対し本件土地を譲渡した当時は本件土地の現況は既に非農地であつたので、本件特例は適用されないものといわざるをえない。

(1) 譲渡所得の課税の時期、すなわち資産の譲渡による収入金額が、収入すべき金額となる時期は、所得税基本通達三六―一二によれば、その「資産の引渡しがあつた日による」ものとし、「農地法五条一項三号の規定による届出をしてする農地の譲渡については、当該届出の効力が生じた日と当該農地の引渡しがあつた日とのいずれか遅い日によるものとする。」と定められている。

そしてかかる観点よりみるに、譲渡所得の課税上、「譲渡の時期」は、要するに、資産に対する現実の支配が買主たる相手方に移る時期つまり資産の引渡しの時期を「譲渡の時期」として捉えているものといえるのである。

(2) これを本件についてみるに、民蔵は昭和五四年七月二〇日本件土地を農地から雑種地に地目変更したうえ無蓋駐車場とし、同年八月六日に日向建設に譲渡引渡しを行つたのであるから、本件土地が日向建設へ引渡された昭和五四年八月六日当時においては、本件土地は既に農地ではなく雑種地であつた。

(四) 仮に、原告ら主張のように右譲渡日が本件土地売買の成立日である昭和五四年五月二一日でその当時、本件土地の現況が農地であつたとしても、本件土地の譲渡については本件特例の適用はない。

(1) 所得税基本通達三六―一二では、譲渡所得の課税の時期は、その「資産の引渡しの日」によることとしているが、「当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日により総収入金額に算入して申告があつたときは、これを認める。」よう取扱うこととし、農地の譲渡についても、「これらの日(届出の効力が生じた日と引渡しの日)のうちいずれか早い日又は当該農地等の譲渡に関する契約が締結された日により総収入金額に算入して申告があつたときは、これを認める。」弾力的取扱をすることとしている。

(2) そして右取扱により、本件土地の譲渡時期を本件土地売買契約の成立日とすると、前述のとおり、本件土地の売買契約がなされた昭和五四年五月二一日当時は本件土地の地目及び現況は農地であつたことは原告ら主張のとおりである。

(3) しかし、民蔵が日向建設に本件土地を譲渡したのは現況が農地であつた本件土地を非農地(宅地)化して利用するためであるから、その所有権移転には、農地法五条一項三号の規定により、あらかじめその旨を兵庫県知事に届出ておかなければならないことになる。この場合の届出の当事者とは、譲受者である日向建設及び譲渡者である民蔵をさすものであることは疑いの余地がない。

しかしながら、本件土地の譲渡に関しては、右のような届出の事実はない。

従つて、本件土地の譲渡につき、措置法三一条の三第一項の「当該譲渡につき農地法五条一項三号の届出を要する場合には、当該届出がされた後に行つたものとの形式的要件を欠き、本件特例の適用の余地はない。

(4) なお、原告らは民蔵が中村直行より本件土地を取得した際、農地法五条一項三号の許可申請をしこれが昭和四九年八月二六日受理されたので、本件譲渡に際し重ねて同申請をする必要はない(同申請をしても受理されない)し、仮にこれが必要であるとしても、既に受理された申請を本件譲渡時の申請に流用されるべき旨主張するが、農地法五条一項三号の許可申請が一旦受理された以上は本件土地は現況が農地であつたとしても措置法三一条の三第一項の関係では農地として扱われない(従つて再度の同申請は不必要であり受理されない)のみならず、既に受理された同申請を時期、当事者を異にした本件譲渡の申請に流用すべき筋合のものではない。

(五) 以上のとおり、本件土地の譲渡にかかる譲渡所得については、措置法三一条の三第一項に規定する本件特例を適用することはできず、右特例を適用して申告した原告の確定申告に対し、同特例の適用を否定して被告のした本件更正処分には何ら違法はない。

(六) 民蔵が、昭和五四年八月二三日、日向建設に土盛費として支払つた一六万円は本件土地の「譲渡に要した費用」でも「取得費」でもないので、本件更正処分は適法である。

(1) 譲渡所得金額の計算は、「総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額の合計額を控除し」て(所得税法三三条三項)すべきものとされている。

(2) そもそも、民蔵が日向建設に支払つた一六万円は本件土地に係る土盛費ではないのであるから、いかなる意味においても、同金額が本件土地「取得費」あるいは「譲渡に要した費用」を構成するものではない。

すなわち、日向建設が武庫土木興業所に発注施工させた土盛及び造成工事等は本件土地だけではなく、本件土地の売買に当たり分筆されて本件売買の対象から除外された民蔵所有に係る西宮市下大市西町九二番二田二〇〇平方メートル(以下「残地」という。)の土地も含まれていたのであり、また、日向建設はこの工事費用として三二万円を武庫土木興業所に支払つたものなのである。そして、民蔵が日向建設に支払つた一六万円は右残地の造成費用に相当し、他方、本件土地の造成費用はすべて日向建設が負担していたのであるから、民蔵が日向建設に支払つた一六万円は本件土地に係る造成費用ということはできない。

(3) 仮に、民蔵が日向建設に支払つた一六万円が本件土地に係る土盛費であつたとしても、譲渡した土地の造成費用は「取得費」を構成するものであつて、「譲渡に要した費用」に当たらないことは明らかである。

ところで、民蔵は、本件土地の譲渡による譲渡所得金額の計算に当たり、本件土地の「取得費」を、措置法三一条の四第一項に基づいて譲渡収入金額三四〇六万二八〇〇円の五パーセントに当たる一七〇万三一四〇円と算定しているのであるから、概算取得費控除制度の趣旨からして、民蔵が日向建設に土盛費として支払つた一六万円が本件土地に係る土盛費であると仮定してみても、これは既に、本件土地の概算取得費の金額の中に含めて計算されているのであるから、同金額を本件土地の譲渡による譲渡所得金額の計算に当たり、「譲渡に要した費用」としてはもとより、「取得費」として控除することもできないこというまでもない。

(4) 以上のとおり、民蔵が日向建設に支払つた一六万円は、本件土地の譲渡による譲渡所得金額の計算に当たり、控除すべき金額には当たらない。

(七) 過少申告加算税の賦課決定処分

民蔵には、本件更正処分を受けたことについて、国税通則法六五条二項に規定する「正当な理由」もない。

従つて、被告が本件所得税の更正処分とあわせてした過少申告加算税の賦課決定処分にも何ら違法はない。

四  被告の主張に対する原告らの認否

1  被告の主張第1項のうち、民蔵が中島直行から九二番二の土地(三六九平方メートル)の所有権を取得したのは昭和四九年七月二七日であるからこれを争い、その余の事実は認める。

2  被告の主張第2項は否認する。

3  被告の主張第3及び第4項のうち、別表1、2の確定申告欄の数字と一致するものは認め、その余は否認する。

4  被告の主張第5項は否認又は争う。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因第1項(一)の事実のうち、民蔵が中島直行から九二番二の土地所有権を取得した年月日、民蔵の取得目的が農地所有権の取得であつたこと、そのため農地法三条の許可申請に代え同法五条一項三号の転用申請をしたこと、及び右流用手続が税務上認められているとの主張を除いたその余の事実及び同項(二)(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  宅地化促進臨時措置法の適用について

原告は、本件土地の譲渡所得の軽減税率の適用されるためには、宅地化促進臨時措置法八条の要件の充足のみで十分であり、同条所定の「措置法で定めるところによる」とは、本件に則していえば、措置法三一条の三第一項の軽減税率のみが適用されることであり、措置法三一条の二(公布当時、以下同様)所定の農地法五条一項三号の届出は要件でない旨主張するので検討する。

宅地化促進臨時措置法は、当時、固定資産税の課税負担の不均衡が著しかつた首都圏等三大都市圏の市街化区域農地を対象に同税の課税の適正化を図るとともに、右市街化区域農地の宅地化を促進するために行われる土地区画整理事業の施行、資金に関する助成、租税の軽減その他の措置につき必要な事項を規定したものである。

そして、同法八条において特定市街化区域農地等の譲渡に係る所得税の軽減等を規定したほか、同法附則三条により措置法の一部が改正され、同法三一条の二で特定市街化区域農地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例の制度が創設され、その後、若干の改正を経て今日に至るまで維持継続されているものである。

以上の経過からみて、宅地化促進臨時措置法八条は、特定市街化区域農地等の譲渡に係る所得税の軽減等につき必要な事項を定めたものであり、同条に基づき措置法三一条の二が創設されたことは明らかであるから、原告主張のように、宅地化促進臨時措置法八条が、措置法三一条の二に優先して適用されるべき理由は見出し難い。

とりわけ、宅地化促進臨時措置法の右制定の経緯、立法趣旨、同法八条の規定の仕方・趣旨、性質及び農地法関係条文との関係などからみて、宅地化促進臨時措置法八条が措置法三一条の三第一項のみを適用し同法三一条の二の適用を排除しているものとは、とうてい解することはできない。

従つて、本件土地の譲渡所得の課税については、原告ら主張の宅地化促進臨時措置法及び本件特例の各適用の有無に関しては、いずれの場合においても措置法三一条の三第一項の適用が前提とされるのでその適用の有無を検討しなければならないこととなる。

三  措置法三一条の三第一項の本件特例の適用の有無について

1  民蔵と日向建設との間で本件土地の売買契約を締結した昭和五四年五月二一日現在において、本件土地が措置法三一条の三第一項所定の「特定市街化区域農地」に該当するかどうかを、まず検討する。

2  措置法三一条の三第二項によれば、「特定市街化区域農地等」とは、宅地化促進臨時措置法二条に規定する特定市街化区域農地及び当該特定市街化区域農地の上に存する権利をいうものとされ、宅地化促進臨時措置法二条所定の「特定市街化区域農地」とは、地方税法附則一九条の三第一項の表に掲げる市街化区域農地(実務上A農地及びB農地と慣用されているもの)で、かつ、同条において規定している区域内に所在するものをいうと定義されている。

そして、地方税法附則第一九条の三第一項の表に掲げる「市街化区域農地」とは、本件に則していえば、都市計画法七条一項に規定する市街化区域の田又は畑をいい、そのうち農地法五条一項三号の届出がされたものは除かれることとされている(地方税法附則一九条の二第一項、一七条一号、同法施行令附則一三条二号)。

以上要するに、農地法五条一項三号の届出のされた農地は、地方税法附則第一九条の三第一項の表に掲げる「市街化区域農地」には該当せず、ひいては、措置法三一条の三第二項にいう「特定市街化区域農地」に該当しないことになるので、本件特例の適用はないこととなる。

3  これを本件についてみるに、民蔵が同人において耕作していた田の離作補償として、昭和四九年(月日について当事者間において争いがあるが、昭和四九年であることについては一致している。)、本件土地を含む西宮市下大市西町九二番二田三六九平方メートルの所有権を地主である中島直行から取得したこと、右取得に先立つ昭和四九年七月二七日に、民蔵及び中島直行は、兵庫県知事に対し、農地法五条一項三号の届出をし、同年八月二六日に受理されたことは、当事者間に争いがない。

そして右当事者間に争いのない事実によると、民蔵は、本件土地を含む九二番二の田の所有権を取得する際の昭和四九年において、農地法五条一項三号の届出をしこれが既に受理されていたのであるから、民蔵が日向建設に本件土地を売り渡す旨の契約を締結した昭和五四年五月二一日現在において、本件土地がすでに措置法三一条の三第二項にいう「特定市街化区域農地」に該当しなくなつていたことは明白であり、本件土地の譲渡にかかる譲渡所得につき本件特例の適用の余地はないものといわざるを得ない。

もつとも、<証拠略>によれば、西宮市下大市西町九二番二田三六九平方メートルは「B農地」である旨記載されているが、<証拠略>及び前記争いのない事実を総合すれば西宮市財政局税務部固定資産税課において、右農地につき神戸地方法務局西宮出張所から「離作補償」として取得した旨の連絡を受けたためにすでに昭和四九年に農地法五条一項三号の届出がされていたのを看過し単に農地法三条の許可があつたものと誤信して右証明書を発行したものであることが認められるから、右証明書から直ちに本件土地を農地と解することはできないし、西宮市も本件土地を農地と認めていたと解することもできない。

4  なお、原告は前述のとおり本件土地を農地として耕作するために取得しその後も耕作して来たが、農地法三条の資格要件を具備しなかつたので、やむをえず同条の許可申請に代えて形式上は真実に反した同法五条一項三号の非農地転用許可申請をしたものであるから、本件土地が農地かどうかは同法五条一項三号申請受理の有無によつて決すべきではなく、むしろ同法五条一項三号の許可申請は同法三条の許可申請と解したうえ本件土地の現況と同申請の真実の意図により本件土地を農地と解すべき旨主張するが、本件特例の適用に当つては、納税者の税負担の公平を期するために同特例の適用の有無、従つて農地法五条一項三号の届出の有無は厳格かつ客観的に解すべきであつて原告らの右主張はとうてい是認できない。そして右のように解することにより原告らには本件特例の適用を受けられないという不利益があるとしても、同不利益は農地法三条の資格要件を具備しない民蔵が同条に違反し、かつ同法五条一項三号の届出形式によつて農地を取得したことに起因するものであつて、やむをえないところである。

5  以上の事実によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件土地の譲渡にかかる譲渡所得の課税につき、措置法三一条の三の本件特例の適用の余地はないものといわざるを得ない。

6  また仮に、原告ら主張のように本件土地が農地であるかどうかは農地法五条一項三号の届出の有無によらずに現況によつて決めるべきであり、民蔵が本件土地を譲渡した昭和五四年五月二一日当時は本件土地の現況が農地であつたとしても(同譲渡時を前記同年八月六日とすると本件土地は現況においても既に非農地化されていた)、民蔵は本件特例の適用を受けるために必要な農地法五条一項三号の届出をしていないのであるから、本件特例の適用を受けうる余地はない。

なお、民蔵が本件土地取得の際にした同法五条一項三号の届出を本件譲渡所得の特例の適用に必要な同届出に流用できないことは、前述のとおりである。

四  譲渡費用等について

1  民蔵が、中島直行から離作補償として取得した西宮市下大市西町九二番二田三六九平方メートルを本件土地(実測面積一六八・〇七平方メートル)と残地(成立に争いのない甲第二号証の登記簿謄本によると二〇〇平方メートル)に分筆登記して、本件土地を日向建設に売却したことは当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>を総合すると、日向建設が武庫土木興業所に本件土地の土盛及び造成工事を発注するに際し、民蔵から残地を引き続き農地として使用するため本件土地にあつた沃土を残地に移し土盛りする工事を依頼されたため、残地の土盛及び造成工事をも合わせて発注し、本件土地及び残地のいずれについても道路と同じ高さまで土盛りしたこと、右土盛及び造成工事については本件土地の売買契約に際し、民蔵と日向建設とが折半する旨の特約がされていたこと、右特約に基づき民蔵は日向建設に対し昭和五四年八月二三日右工事代金として武庫土木興業所から日向建設に請求のあつた土入整地工事一式二四万円及び畑用真正土八台分八万円(合計額三二万円)の半額一六万円を支払つたことが認定でき、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実によると、民蔵は右土盛及び造成工事に関連して一六万円を負担していたこと、及びこれが本件土地の「譲渡に要した費用」でないことは明らかであるが、右一六万円が全て本件土地の造成費用に充当されたかどうかまでは明らかでない。

2  ところで、譲渡した土地の造成費は所得税法三三条三項の「取得費」を構成するものであり、「譲渡に要した費用」に該当しないことは明らかである(同法三八条、所得税基本通達三三―七参照)。

そして右取得費については、措置法三一条の四において長期譲渡所得の概算取得費控除の制度が認められ、所得税法三八条、同法施行令八五条等により計算した土地建物等の実際の取得費が、当該土地建物等の収入金額の五パーセントよりも少ないときは、当該土地建物等の取得費は、収入金額の五パーセントとする旨規定されている。

<証拠略>によれば、民蔵は、本件土地の譲渡による譲渡所得金額の計算に際し、本件土地の「取得費」を、措置法三一条の四第一項に規定する概算取得費控除の制度により譲渡収入金額三四〇六万二八〇〇円の五パーセントに当る一七〇万三一四〇円と算定している。

そこで、民蔵が日向建設に支払つた一六万円全額が本件土地の造成費に当てられたとしても、前記概算取得費控除制度の趣旨からして、右一六万円は本件土地の概算取得費の中に既に含まれているものと認定するのが相当である。

3  以上により、民蔵が日向建設に支払つた一六万円は、本件土地の譲渡にかかる譲渡所得額の計算に当たり、「譲渡に要した費用」としてもまた「取得費」としても、控除できないものである。

五  本件各処分の適法性

<証拠略>を総合すれば、被告主張の第2項はこれを認めることができ、また、前示のとおり民蔵が日向建設に支払つた一六万円を「譲渡に要した費用」に算入することなく算出した民蔵の昭和五四年分分離長期譲渡所得金額(三一一七万九一六〇円)に誤りはなく、右金額に対し措置法三一条の三第一項に規定する本件特例の適用を否定して本件納付税額を算出した本件更正処分は適法であり、また、国税通則法六五条二項に規定する「正当な理由」も認められないので本件賦課決定処分も適法である。

六  結論

よつて、本件各処分は違法であり、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上博巳 小林一好 横山光雄)

別表 <略>

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